帰山奉告式 その2

前回の「帰山奉告式」をご覧いただけば、お分かりの通り・・・

奉告式には、(百日間)修行を共にしたお上人方が、出仕をします。

 

つまり、(逆に言えば)ご依頼をいただいた奉告式に出仕するため・・・

(出行してから)ひと月程度は、各地を転々としている訳です。

 

これを、「巡業」なんて呼んだりしている訳ですが。

 

成満した、当日(2月10日)の午後には・・・

浦安市「正福寺」さまにて、帰山奉告式に出仕。

翌日は、(午前に)私の奉告式と(午後から)成満奉告式でした。

 

12日には、多古町「法眼寺」さまへ。

翌13日は、千葉市「金城寺」さまにて。

さらに、14日は鴨川市「高生寺」さまへ。

昨今の写真屋さんは、当日渡し出来るんですね・・・ビックリです!

鴨川(小湊)と言えば、日蓮大聖人御生誕の地ということで・・・

前泊でしたので、大本山「誕生寺」さまへ(夜の)お参りに。

ちなみに、再来年(2021年)の2月は、大聖人御生誕800年の節目。

日蓮宗を挙げての各種事業が、展開されようとしています!

 

・・・15日は、都内墨田区「妙見山別院」さまへ。

荒行成満僧を招いての「国祷会(こくとうえ)」に、出仕を。

もう60年以上、継続しているんだそうです。

終了後は、一路山梨県へ。

市川三郷町「妙浄寺」さまの帰山奉告式に、出仕。

思い切って、もう一泊し・・・

日蓮宗の総本山、身延山「久遠寺」さまの朝勤(朝のお勤め)へ。

もちろん、御廟所(大聖人のお墓)にもお参り。

成満のご報告をさせていただくことが、出来ました。

 

21日には、匝瑳市「朗生寺」さまの国祷会へ。

初行(平成19年)・再行(平成23年)に続き、3度目の出仕。

法華経寺塔頭「遠壽院」行堂を成満のお上人共々、出仕させていただきました。

 

また、24日には市原市「本念寺」さまの帰山奉告式へ。

最後に3月10日、埼玉県杉戸町「上原寺」さまの国祷会へ。

ご縁をいただき、出仕させていただきましたが・・・

私が再行の際・・・ご住職は五行成満、懐かしいです。

 

・・・どのお寺でも、温かくお迎えいただきました。

どのお寺でも、素晴らしい帰山奉告式でした。

 

改めて、御礼申し上げます。

ありがとうございました!

 

さて。

 

今日(4月20日)からの一週間は、春のお彼岸。

娑婆にいると・・・時間が経つのが、アッという間ですね。

巡業を終えて、一段落。

境内の草抜きと、花粉症が、私を現実社会に引き戻してくれています。

明日やろうは、馬鹿野郎

先日、市川市の大本山「法華経寺」さまへ。

昨年11月1日、百数十名の修行僧たちが、この瑞門(ずいもん)をくぐり・・・

寒壱百日の、大荒行に入行されました。

 

次にこの門が開くのは、100日後の2月10日。

→「日蓮宗大荒行堂」について

 

入行より35日間(12月5日まで)を、「自行(じぎょう)」といいます。

ただひたすらに、自身の六根懺悔・罪障消滅を期し・・・

水行・読経三昧の日々を、過ごすのです。

 

12月6日からを、自行に対し「化他行(けたぎょう)」といいます。

自行で蓄えた法力を以て、他者を教化することを行とする・・・

・・・というと難しいですが、面会・ご祈祷が許されるようになる訳です。

例年、懇意にしているお上人が入行されますと・・・

ご祈祷を賜るために、家族で荒行堂へ足を運ぶのが、我が家の決まり。

 

本年も、お参りさせていただくことが出来たこと・・・

ありがたい次第です。

 

さて。

 

心身共に、スッキリさせていただいた、私・・・

これを機に、ようやく重い腰をあげてみました。

・・・それは、「過去帳(かこちょう)」の電子化。

 

過去帳とは、故人の法号(戒名)・俗名・歿年月日などが記載された、帳簿のこと。

ご自宅のお仏壇に、ご先祖さまの過去帳がある、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

お寺の場合は、葬儀(法号授与)を行った檀家さんの情報が、記載されているのですが・・・

これに対し、時折お尋ねいただくことがあった訳です。

 

具体的にザックリ(?)言うと、ご自身の「ルーツ」を調べている方。

ご自身で、出来得る限りの家系図を作成しようとしているということでしょう。

 

(本当かどうか分かりませんが)これは、専門業者に依頼しても同じことだとか。

まず、戸籍で調べて・・・古いものは過去帳で、という流れ。

 

残念ながら、(どこのお寺でも)過去帳を開示・閲覧することは出来ません。

言わば、プライバシーの塊なので、お見せすることが出来ない決まりになっています。

 

つまり、尋ねられたことに関しては、住職(私)が調べて書き出し、お渡しするしかない。

これは、結構な作業です。

 

ちなみに、うち(宗勝寺)の場合ですと・・・

(昔は)石原・香取の姓が、檀家名簿の7割を占める、といった混乱具合。

(今でも、屋号でお互いを呼び合うのが通常です。。。)

・・・こんなの、打ち込んでソートしなきゃ、ムリだって。

 

「明日やろうは、馬鹿野郎」なんて、誰かが言ってましたが・・・

眼はシパシパ、肩はコリコリです。。。

一日行堂

あと“2週間”も経つと、市川市の大本山「中山法華経寺」さまでは・・・

今年も、“日蓮宗大荒行堂”が開かれます。

 

その荒行成満者で組織される、“千葉県東部修法師会”主催により・・・

“一日荒行平和祈願祭”、通称「一日行堂」が先日開催されました。

 

一般には見ることができない、修行の姿。

その一日を再現し、檀信徒の皆さまに公開させていただく。

 

また、この行事には、今年初めて荒行堂に“入行”されるお上人も、参加されます。

私もかれこれ8年前、初めてこの行事に参加させていただきました。

 

当時、この僅か一日でも、とにかく・・・

キツくて、キツくて(+_+)

 

そして、実際に入行した時。

その僅か一日とは言え、リアルな日程の経験が、心の支えになる・・・

・・・訳では、一切ありませんが。

 

とにかく、これを経験した者は、口をそろえて・・・

なぜか「ありがたい」と、感謝できるような行事なのです。

 

今回、会場となったのは・・・

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大網白里市の、本山「正法寺」さま。

“小西檀林(こにしだんりん)”の、旧跡です。

 

最盛期には、900名以上の“学僧”を擁した、檀林(お坊さんの学校)で。

「本院七堂・六殿・五棟、塔中四ヵ寺一院、学寮七十三舎」との記述からも・・・

凄まじい規模の学校だったことが、容易に想像できます。

 

明治6年の火災にて、大半が“消失”されたのは残念の極みですが・・・

その広大な寺域は、健在です。

 

夕方5時の「入行会」からは、“読経三昧”。

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午後6時・11時・午前3時・6時・9時・正午12時には、“水行”で心身を清めます。

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その合間にも、“夜勤・朝勤・昼勤”と・・・

ご祈祷本尊の“鬼子母神”さまの御宝前で、お勤めをさせていただきます。

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2日目の午後からは、檀信徒の皆さんがお見えになり・・・

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ご祈祷をさせていただきまして、夕方までにこれを終える訳です。

 

今回は、我が“千葉県東部”からだけでなく。

“千葉県北部・千葉県西部”から、多くのお上人の参加もあり・・・

約30名の僧侶が関わって、この行事が開催されました。

 

今年“千葉県東部”からは・・・

“初行(1回目)・再行(2回目)・三行(3回目)・四行(4回目)・五行(5回目)・参籠(6回目以上)”と、それぞれに入行者がいらっしゃいます。

 

皆さまの、無事のご成満を、ご祈念申し上げます!